世界最後の日

f:id:cylindersouen:20180831003045p:plain
 陳腐でチープな『世界最後の日』。でもそこに実際にあるのだから仕方が無い。月はもうすぐそこまで迫ってきている。

「穏やかなもんだね」
「確かにねぇ」

 幾つかの金持ちは宇宙に逃げ出そうとしたが、多くは邪魔が入って失敗したし、残りも長く生きて行けるはずも無い。コールドスリープなんて便利なものはまだ無い。地下に潜ろうという人もいたが、到底生き残れはしないとのことだ。つまり人類は間違いなく、絶滅する。

「月は案外不細工だねぇ」
「そんな言葉本当に聞く日が来るとは思わなかったな」
「あばた面とは、よく言ったもんだ」

 ここら辺は異常な地域だ。世界中がパニックになっているにも関わらず、ここらだけは皆穏やかな顔をしている。まぁ、それはここに蔓延っていたカルト的な宗教のお陰か。みんな殉教する、と嬉しそうだ。

「ちょっと奮発しちゃおっか」

 僕と彼が好きなシチュー。滅多に作らないけど、どうせ世も末だ。店はこんな日にも商売をする。いろいろ買いそろえていく。ネギに、じゃがいも。そしてチキン。生クリームは、あっただろうか。きれいに色づいた人参をかごに押し込む彼は、その黒いふさふさのしっぽをくゆらせる。

 帰ってきたときには、既に夕刻だった。不気味に空を覆う月の顔。さっきよりずっと大きい。今日の夜に世界は終わる。明るい月も、もう見納めだ。

シャンパンを開けようか」
「ロウソクでも灯すかい?」

 彼は楽しそうに笑う。僕も微笑みを溢す。

「なんたって世界最後の日だからね」
「楽しもうか」

 腹を満たした僕らは皿洗いを放棄した。

「アルコールが回ってるのかい」
「確かにいつもより心地よいかも、あ、そこ」

 僕らは裸で絡み合う。彼の指が僕の鱗を這ってくすぐったい。いよいよ風が強く窓を吹き付ける。

「どうせなら、つながったままで」

 大変に音がつんざく中で、どちらが先だったか、唇を重ねた。月は無事に地表を波打たせ、