叔父の手紙

 叔父の家に泊まるのはこれが初めてでは無かったが、以前は母も一緒だったので、叔父と二人で過ごすというのは初めてのことだった。多少蝉が煩いのは気になるが、木陰の二階建てであり、虫を考えなければ暑い日でも過ごし良さそうであった。

 叔父は姉である母に似ず、極端に口数の少ない男だった。声も小さく、聞き返すようなことが殆どだったが、それで気を尖らすような短気では無かった。図体は横に縦に大きく、かといって肥満と言うわけでも無く、簡単に言えば壁だった。長く乱雑に伸びた毛で目元は暗く表情は判別しづらいものの、慣れればどうということはなかった。横の畑でものを育て、余ったものは近所と分けたり売ったりして暮らしを立てていた。

 僕は外で遊んだりするよりも近所にあった貸本の隅っこでで本を漁るような質だったから、母と違い叔父の静かであるのはかなり気楽だった。ただこちらには貸本が無いので、やることをしてしまうと手持ち無沙汰になるのは多少気が滅入った。確か叔父は大学を出ていた筈だったので、なにか本などあるかと問うてみた。書斎があるというのでそこでいろいろ漁ることにした。

 書斎は、夕日が良い具合に差し込むので僕はそこに籠もるようになったが、さて他にも何かあるかと思い時折は家の内を見て回ることにした。

 3度目の見回りで屋根裏への梯子を見つけた。屋根裏部屋は埃が積もり、もう何年も人の出入りが無いようだった。汚く曇った天窓から木漏れ日が差し込み、ぼんやりとした光が部屋の中を照らす。整頓されていながら雑多であるのはいかにも叔父らしく思われた。僕はそっと好奇心のままに物色を始めた。

 手を広げたほどの大きな地図や、折り目正しく丁寧に綴じ込まれた紙は、叔父の大学での研究についてのもののようだった。それらの山をより分けるとふと、小綺麗な缶が目に付いた。そっと開けてみると、たくさんの手紙が紐で縛られていた。齢十四の少年は少し逡巡したものの、やがてその紐をといた。

 読むとそれは恋仲からのものであった。あぁ、やめときゃぁよかったかなと思いはしたが手はそのまま動かした。叔父の飾り気の無い字とは違い流麗なものであったが、その小っ恥ずかしくなるような内容を読む内にどうやら男のようだった。さてそういえばあの大男には女の気がないとは思っていたが、はぁなるほどと合点がいった。歳ももう四十五を超すだろうによく隠しおおせたものだと感心もした。母は叔父には子がないのだと迷惑そうに零していたが、この様ではそれも仕方ない。誤って口を滑らせないよう自分に戒めを一つかけた。手紙は丁寧に元に戻した。

 その後も僕は書斎での生活を続け、叔父は相変わらず無口であった。ただ僕は叔父の事を注意深く見るようになり、機敏が以前より細かく読み取れるようになっていた。頭を搔くときは迷っている。僕が西瓜を食べると鼻が動く。きっと手紙の主もこのようにしていたのだと思うと、少しの満足感があった。そうしているとふと、彼のその後が気になった。手紙は相愛の内に途切れていた。僕は屋根裏に戻り住所を書き留めたが、遠いことに気がつき訪れる気は失せた。それに訪れて何になるかとも思った。そのままその事は忘れていた。

 僕が就職し暫くして叔父が倒れた。僕は見舞いに行った。しかし母はついて来なかったばかりか、僕の他には誰も来ていなかった。僕は叔父を哀れに思ったが、叔父は全く気にしていない様だった。夕日の入る病室でふと手紙のことを思い出した。どうしようかと思ったが、とりあえずその事を口に出した。叔父は珍しく目を丸くし、やがて頭を搔いた。曰くもう既に先立たれてしまったと。あの夏にはもうとうに居なくなっていたのだと。僕は肩すかしを食らった気分になった。それでも叔父は懐かしそうに目を細めていた。