僕の大好きならいおにいさん

https://twitter.com/meimei_kia/status/1151867207405588480?s=19
https://twitter.com/meimei_kia/status/1152192798625390592?s=19

これは上記のきあさんのイラストを基に蒼鉛が妄想を広げて書いた物です。

20190725 きあさんが挿絵を描いてくださいました……ありがとうございます!!
20190731 きあさんが挿絵を追加して下さいました! 重ね重ね御礼申し上げます、ありがとうございます!

――――――――――――――――――――――――




 らいおにいさん。僕の大好きならいおにいさん。鈍くて、少し芋臭いらいおにいさん。僕をかわいがってくれるらいおにいさん。男らしく隆々とした筋肉と、僕よりもスイカ二つ分上背のあるらいおにいさん。頼りがいがある、でもどこか抜けているらいおにいさん。ほのかに汗と、土と、毛皮の匂いがするらいおにいさん。たまに、僕が赤ん坊のように縋りつくと、
 「んー? 今日はあまえんぼかぁ?」
 と言って、拒まずに抱え込んで、そのごつい手で、優しく、頭を搔き撫でてくれるらいおにいさん。いつでも笑顔で、たまにドジを踏むらいおにいさん。僕の、愛おしい大好きならいおにいさん。
f:id:cylindersouen:20190731071326j:plain

 恋では無いのかもしれない。その広い手で、丸太のような腕で、緩やかに呼吸する豊かな乳で、その奥で確かに脈動する心の臓で、誇り高く薫る黄金の毛並みで、腹を震わせ響く声で、愚図る僕をあやしてほしいと願う、この胸に迸る劣情と酷く甘美な疼き。これを、恋という言葉に当てはめて良いものか、僕には確証が持てない。ただ、たった今この身、この心がらいおにいさんを求めている。その姿を見る度、その体に手を掠める度、その腕に掻き抱かれる度、歓喜と悦楽に僕の頬はほころび、僕の胸は早鐘を打つ。

 らいおにいさんは鈍感だから、僕の想いに気がつくことはないだろう。だからこそ、諦念は僕の疼きを焼きつけて離すことは無くて、だからこそ、今日もらいおにいさんは疑うこと無く僕を包み込んでくれる。名残惜しく離れ、見えたらいおにいさんの顔に差す、一条の陰りは、都合の良い見間違いだろうか。

 らいおにいさんと朝顔の種を蒔いた。なにか一緒のことがしたくて、僕から誘って始めた事。余っている植木鉢の中から、らいおにいさんが二つ見繕ってきてくれた。二つ並べて、僕もらいおにいさんの隣に座って眺めていた。

f:id:cylindersouen:20190725004644j:plain

f:id:cylindersouen:20190725004301j:plain
https://twitter.com/meimei_kia
 らいおにいさんが扇風機の前でお腹を出して寝ていた事があった。高鼾を立ててぐっすりと眠っていて、少しのことでは起きる気配が無かった。端に寄った布団をかけ直そうと手に取ったが、露出した腹部から目が離せなくなった。毛に覆われた上からでもわかる筋肉の凹凸、そして下着の中へと茂る周りより濃い色の体毛。その立派な鬣と同じ色の、象徴的なライン。僕は布団を掴んだまま、その腹部に鼻先を埋めていた。ふが、と鼾が一際高く響き、顔のすぐ横を手がボリボリと搔き毟って行ったが、それだけであった。それを良いことに僕は肺腑をらいおにいさんの濃い愛しい匂いでいっぱいにした。心臓の音がやけにうるさかった。ふと目を覚ました時には布団は自分に掛かっていて、らいおにいさんは水を浴びていた。

 そのうちらいおにいさんが上の空であることが増えた。頻繁に植木鉢に躓いたり、水をやりすぎたりしている。僕が声を掛けると、慌てて取り繕い、何も無かったようなふりをする。一体、どうしたんだろう。何かあったのだったら相談してくれても良いのに。言えないことなのだろうか。僕は頼りないのだろうか。僕では不十分なのか。
f:id:cylindersouen:20190731071441j:plain
 思えば、これまでずっとこちらが頼って甘えてばかりで、向こうから頼られたことは少ない気がする。僕らは一方的な関係だったのだ。僕は彼から得るばかりで、何かを与えられていない。それが原因となって、僕は彼の中で頼られるだけの地位を得ていなかったのかもしれない。そう思うと、水を汲みに向かうらいおにいさんの背中がどこか遠く感じられて、情けなさに胸の奥が軋んだ。

 その日は前日に降った雨もあり、酷く蒸し暑い日だった。蝉は猛々しく吼え、庭は照る日に燃え、比して屋根の下は暗く空気は淀んでいた。らいおにいさんはいつにも増して虚空を見つめ、ランニングが毛皮に貼り付いていた。僕は何度目かの麦茶を注いでらいおにいさんの横に座った。突然視界がぶれ、らいおにいさんが僕に覆いかぶさってきていた。腕が掴まれ、微動だにすることができない。あまりに突然のことに全身が強張る。喰われる――――咄嗟に顔を上げるとらいおにいさんは、まるでこれまでに見たことが無い顔をしていた。硬く、獰猛で、追い詰められた獣のような……ただらいおにいさんの荒い呼吸のみが耳にうるさく響く。
f:id:cylindersouen:20190725004937j:plain
 「ーっ、フーッ、ぐるるっ…………」
 張り詰めた一瞬の後、次第に下がり行く眉尻。目を逸らすことはしないまま、らいおにいさんは、途方に暮れていた。
f:id:cylindersouen:20190725004941j:plainf:id:cylindersouen:20190725004946j:plain
 「ごめん……でも俺こんな気持ち……わかんなくて……」
 ぽたりぽたり、汗と混じった涙は塩味で、頬に落ちて熱い、冷たい……
f:id:cylindersouen:20190725004931j:plain

 僕は赤児のように胸に縋り付く、らいおにいさんの背筋を擦っている。手を伸ばしても回りきらない背中、とても広い、今は小さくも見える背中。とても暖かい背中。背負われるとすぐに眠くなる、僕の大好きな背中。僕が甘える度、そして離れる度、無視の出来ない喪失感を感じていたらいおにいさんは、その初めての気持ちの整理が付かないまま、衝動を積み重ねていたらしい。自分ではわからない感情を、晴らすために僕に甘えてくれる。僕を頼ってくれるらいおにいさんに、今もまた救われている。らいおにいさんはいつもこんな景色を見ていたのだろうか。よしよし、良い子、かわいい子……

 一頻り泣き腫らして赤い顔で、照れながら晴れやかに笑うらいおにいさん。僕の注いだ麦茶を一飲みするらいおにいさん。その喉の動き、響く音、全てが僕の愛おしいらいおにいさん。僕を抱き寄せて頬ずりする、満足げならいおにいさん。

 朝顔の蕾は、綻びはじめている。